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山本鈴美香さんの名作テニスマンガ「エースをねらえ!」は埼玉が舞台です。 こんなことを言うと多くのひとは「そんなことはない!」と疑問を呈します。 「アニメやドラマでは岡ひろみの高校は神奈川県立西高等学校」となっているとか「お蝶夫人が埼玉県人のわけがない!」とかいろいろ言われます。 しかしこちらの絵を見てください。宗方コーチが桂大悟からの封書をあけるシーンです。 宗方コーチの住所が「〒336 埼玉県浦和市領家6−10−7−404」となっていることがわかります。 中公文庫コミック版9巻の冒頭にあります。 今はさいたま市浦和区ですがこの領家6−10という住所は現在も実在します。 独立行政法人都市再生機構の古いアパートが建っています。都市再生機構はかつての住宅公団です。「エースをねらえ!」では宗方コーチは祖父母と一戸建てに住んでいることになっていますが、住所はこの公団アパートの404号室のようです。 アニメやドラマでは舞台を神奈川県としたのは埼玉が舞台では視聴者の支持を得られないと判断されたのでしょう。 これはテニスが今上陛下と皇后陛下の出会いの場としいて報道されたことにも象徴されるとおり、テニスは日本人にはスポーツよりもハイソサエティの趣味として考えられていることが強く反映していることが影響しています。視聴者、特にスポンサーが重視する若い女性にとっては田舎のイメージが強い埼玉が「エースをねらえ!」の舞台など許されるはずがないのです。 しかし浦和市領家に住む宗方コーチが横浜や湘南に通うのは困難です。 「エースをねらえ!」の連載は1973年から1980年にかけておこなわれましたが、埼京線が開業したのは1985年であり東北線と湘南新宿ラインの直通運転が開始されたのは近年の2001年です。宗方コーチが神奈川県に行くには京浜東北線や上野・東京経由の東海道線でしょうが2時間はかかります。ただでさえ病を抱えている宗方コーチが遠距離通勤をしていたとは思えません。 丘ひろみやお蝶夫人の「西高等学校」は宗方コーチの住所からして埼玉県立浦和西高等学校とするのが自然です。 浦和西高校は最近は「おおきく振りかぶって」の舞台として有名ですが、「エースをねらえ!」の作者である山本鈴美香さんの母校でもあります。 宗方コーチの自宅のある領家6丁目からは1kmほどであり歩いて通える距離です。 浦和西高校には硬式テニス部がないことからここを「エースをねらえ!」の舞台とすることはできないのでしょうが、山本鈴美香さんがわざわざ宗方コーチの住所を明示したことから「故郷(ふるさと)」と考えてもいいのではないでしょうか。 さて多くの方が思っている疑問があります。 なぜ浦和二女がないのに浦和一女なのか? これは現在の浦和西高校が「浦和二女」だったのです。 埼玉県立浦和第二高等女学校は1934年に埼玉女子師範学校に併設されました。一方の浦和第一女子高等学校は1900年の創設され1901年に浦和高等女学校となり、1941年に浦和第一高等女学校と改称されています。 戦後1948年には学制改革に伴い、浦和第一高等女学校は浦和第一女子高等学校(浦和一女)となり浦和第二高等女学校は浦和第二女子高等学校(浦和二女)となりますがその2年後の1950年に浦和二女は共学となり校名を現在の埼玉県立浦和西高等学校に改称しています。 浦和一女はその後も名称を変えなかったため「二女」がないのに長女が残るような状態が続いている訳です。おおきく振りかぶっての巡礼の際にはこのような埼玉の教育事情もしらべられるとおもしろいと思います。 |
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