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zoom RSS 川越氷川神社 縁結びの神様です。

<<   作成日時 : 2008/02/05 19:44   >>

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川越氷川神社のご紹介です。
この川越氷川神社は名前のとおり大宮の氷川神社から分祀されて創建されました。
商売熱心な神社です。
その象徴が平成2年に建てられた大鳥居です。
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高さは15mで木造の鳥居としては国内最大だそうです。掲げられている額は勝海舟の筆によるものです。技術の進んだ平成の世にわざわざ木材を使って「国内最大」の鳥居を建てることに川越氷川神社のポリシーが伺われます。
本家の大宮氷川神社にはホームページがありません。伊勢神宮や宇佐神宮にもホームページがある昨今、ホームページを開設しない大宮氷川神社の姿勢には疑問がありますが当然のごとく川越氷川神社には立派なホームページがあります。
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ホームページによると、川越氷川神社は欽明天皇2年に「武蔵の国造」が大宮氷川神社より分祀、奉斎したことに始まるとされています。
川越氷川神社のご祭神は素盞鳴尊(スサノウノミコト)・奇稲田姫命(クシナダヒメノミコト)と奇稲田姫命の両親の脚摩乳命(アシナダヅチノミコト)・手摩乳命欽明(テナヅチノミコト)「及び」大己貴命(オオナムチノミコト)です。

現在の川越氷川神社はスサノウ&クシナダヒメ+アシナダヅチ&テナヅチの二組の夫婦神をお祭りしていること「及び」オオナムチ=オオクニヌシが国譲りの際に「幽冥(かくりよ)」を治めると表明したことをして「縁結び」「夫婦円満」の神社としてます。

オオクニヌシの国譲りについては多くの議論がありますのでこの場では述べませんが、私は「武蔵の国造」が大宮氷川神社より分祀、奉斎したことが不思議でなりません。

現在の大宮・岩槻・鷲宮の一帯には大和朝廷により屈服されられた「出雲族」の人たちがおりその心の拠り所として氷川神社・久伊豆神社・鷲宮神社があったと思います。その中心の氷川神社をなぜ征服者である大和朝廷の武蔵国造がわざわざ分祀したのか?
現代のイスラエルとパレスチナの紛争でも明らかな通り、征服者が被征服者を圧迫すると激しい抵抗が起きます。支配者は波風たてるような行為はしないはずです。
氷川神社を武蔵国造が川越に分祀したのは、「出雲族」内部で主導権を巡る激しい紛争が発生したため武蔵国造が仲裁に入り紛争当事者の居住区を分けたのではないでしょうか。

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その争奪となった主神は「出雲族」からすると現在の川越氷川神社からすると「及び」扱いのオオナムチではないかと私は思うのですがいかがでしょう。
現在の川越氷川神社の本殿は天保年間に建てられ多くの精緻な彫刻に彩られています。

それはさておき、現在の川越氷川神社は縁結びの神様です。
神前結婚式もいいですよ。
しかし、川越氷川神社で結婚式を予定されている方に注意事項があります。
桜の季節に結婚式はしないこと!
川越氷川神社の北側の新河岸川は桜の名所です。
桜の開花にあわせ盛大なお祭りが行われます。川越氷川神社の裏手には特設舞台が設けられ演歌が大音量で常時流れています。
この時期に川越氷川神社で結婚式を挙げられる方は、♪ホテルで会ってホテルで別れ〜♪といった演歌がガンガンに流れる中で誓いの言葉をあげるわけです。

一生に一度の結婚式でこれでは花嫁さんは悔し涙をながすだろうなあ。

人それぞれ価値観はあるでしょうが、2007年のお花見の季節に訪れた私はそう思いました。


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