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zoom RSS 高麗神社

<<   作成日時 : 2007/11/26 17:12   >>

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埼玉県日高市にあります高麗神社のご案内です。
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高麗神社は昭和初期、浜口雄幸などが参拝した後に相次いで総理大臣となったことから「出世明神」として知られています。
境内には参拝に訪れた政治家たちの献木がたくさんありましたが、元総理大臣の小泉純一郎のおじいさんの小泉又次郎も献木もありましたが、この効果が小泉純一郎まで及んだかどうかは定かではありません。

高麗神社の主祭神は高麗王若光です。
高麗王若光は「こまのこしきじゃっこう」と読みます。
若光は古代朝鮮の高句麗の使節として天智天皇の御代の西暦666年に来日しましたが、高句麗は668年に新羅・唐連合軍により滅ぼされてしまいます。
若光は亡命者となってしまったのですが、文武天皇大宝3年(西暦703年)に従五位下と位と「王(こしき)」の姓を授けられています。
大和朝廷は、716年に未開の原野だった現在の日高市一帯を「高麗郡」として高句麗からの亡命者を移住させ、若光を首長としました。
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若光は高麗人1699人とともに開拓にあたりました。
彼岸花で有名な巾着田は彼らが造成したとも言われています。
若光の死後、高麗人たちが御霊を高麗明神として祭ったのが高麗神社の始まりとされています。
この高麗人の入植は大和朝廷の指示でした。
大和朝廷からすると高麗人の難民集団の扱いは厄介だったと思います。
新羅・唐との外交を考えても彼らを畿内や九州に留めておくことは得策ではなくこんな僻地に押し込めたのでしょう。
武蔵の地は氷川神社の祭られ方から、大和朝廷に敗れ「国譲り」をさせられた出雲の人たちの移住地でもありました。
埼玉は古代から難民によって開拓されていったのです。

高麗神社近くの聖天院には若光の墓と伝えられる石塔があります。
聖天院の参拝には参拝料が必要ですが、この高麗王廟の見学は無料です。
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高麗神社の宮司は若光の子孫が務めてきました。
現在の宮司は59代目で姓も高麗さんです。
この高麗家の旧宅が神社裏に残されており国指定の重要文化財となっています。
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高麗家がこれだけ長く続いたのはそれなりの苦労があったようです。
鎌倉時代にはそれまでの純血主義を捨てて源氏ゆかりのお嫁さんをむかえて鎌倉幕府の御家人となり、室町時代には新田貞義に味方したためあやうく廃絶の危機となり以来「永世中立」を家訓としてきました。

出自が朝鮮のため朝鮮人の方の信仰を集めており、神社の入口には立派な将軍標が建てられています。
将軍標は朝鮮半島の集落の入口に置かれている境界標で魔除けの意味を持っているようです。高麗神社の将軍標はかつては木造でしたが、日韓国交正常化40周年を記念して大韓民国居留民団が2005年に建立しました。
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出世願望がある方もない方もご参拝にお越しください。

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