埼玉へようこそ

アクセスカウンタ

zoom RSS らき☆すたの舞台B 幸手・権現堤 彼岸花 曼珠沙華

<<   作成日時 : 2007/10/31 18:46   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像

らき☆すたオープニングで泉そうじろうが指をくわえて女子高生を見ていた花屋さんです。
幸手駅近くの県道65号線沿いにあります。
京都アニメーションもなんでこんなシーンを使うの?と思う一方でこの場所を特定したオタクは立派だと思います。

この幸手には桜の名所で有名な権現堤があります。
らき☆すたのオープニングで田んぼの向こう側に描かれていますし、こなたたちも冬に訪れています。
そんな権現堤は数年前から秋の彼岸花でも有名になりました。
画像

彼岸花 別名を曼珠沙華(マンジュシャゲ)

この権現堤には「母娘順礼の悲話」があります。
この場所は、何度も水害に襲われていましたが、江戸時代の享和2年(1802年)にも大洪水がおきました。
村人達は必死に改修工事をしましたが堤防は崩壊してしまいます。
そこに通りがかった順礼の母娘連れが村人たちの難渋を聞き自ら竜神様への人柱となって濁流に身を投じたところ水が引き工事は完成しました。
村人達が母娘に感謝して建てた供養塔が今も残っています。
これが公式の話。

しかしこの話は疑わしいです。
幸手は日光街道と日光御成街道の交差点の宿場として栄えていました。
母娘はなにかの理由で旅をしていたのでしょう。旅の目的があったはずです。
単身赴任している夫に会いに行く旅の途中だったかもしれませんし、なにかの供養で日光を目指していたのかもしれません。
そんな母娘が進んで人柱になることなどあるでしょうか?

幸手市観光協会のHPでは、母娘が人身御供を提案したが誰も進んでなろうとしない。
その会合の中で誰ともなく「教えたやつを人身御供にたてろ」という声があがり、母が「私が人柱になろう」と濁流に身を投じ娘も後を追った、としています。

権現堤の案内板では、進退窮まった村人達がたまたま通りかかった順礼の母娘たちを無理やり人柱にしたのではないかとし、この供養等は良心の呵責にさいなまれた村人たちが慰霊のために建てたとの説を紹介しています。

いずれにせよ母娘は強制されて人柱になったのでしょう。

そんな母娘たちの供養には酔っ払いが騒ぐ桜より彼岸花 曼珠沙華が似合うかもしれません。

埼玉の彼岸花の名所は日高の巾着田とされていますが、巾着田は観光地化して入場料をとり駐車場も有料なのに比べ権現堤は無料です。

らき☆すた「巡礼」の際は、母娘の供養塔に合掌してあげてください。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
らき☆すたの舞台B 幸手・権現堤 彼岸花 曼珠沙華 埼玉へようこそ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる